2022年03月11日

おもしろい文章の書き方。

こんばんは。ごきげんよう。高槻市沢良木町の樋口亜沙子ギター教&樋口商店の樋口昌紀です。今日も来てしまった人はいるのでしょうか。昨年の夏かそれぐらいから急に「文章が上手いよね。」とか「おもしろい。」とか言われるようになった。でも僕はいわゆる明るいヤツではないです。そりゃ3回も精神科に入院するんだから明るくはないだろう。といって家に引きこもるタイプでもない。オタクな趣味もない。ん〜中途半端なヤツだね。入院するぐらだったら突き抜けちゃえばいいのに理性は残る。というより、多分愛が残るんだ。愛がなければ死んでたさ。両親の愛、兄弟の愛、妻の愛、それでやっと立っていられたんだ。とにかく、誰だかよく分からないオッサンの昔話はどうでもいいね!
 そう、面白い文章の書き方。これはね、もうね、ググった時点で負けだね。よくさぁ結婚紹介所のおばさんが「ほら、女の子退屈しちゃってるわよ。洋服とか褒めて。」などと言われている状態である。残念ながら続かない。人は皆おもしろいはずだと思っています。だって話をする時は、誰でも饒舌だよ。多分、書くと後に残るから「これを書いたら山下さんの事を言ってるみたいだし、といってこう書けば、今度は近藤さんに何と思われるか分からない。」そんな想念に取りつかれ、天気の話以外、何も言えなくなってしまう方も多いのではないでしょうか。言葉とは確かに軽々しく発言すべきではない。しかし、自分がこう思うという事は言わなければならない。他人に迷惑がかかるからである。「あの人、何が好きなのか何も言ってくれないの。で、お好み焼きにしたんだけど。」「今日はお好み焼きの気分じゃないな。」とか言うんです。最低ですよね。何年か前に「嫌われる勇気」などという至極当然な本がベストセラーになりました。ま、それだけ人は嫌われたくない生き物なのです。無理して嫌われなさいとは言いませんが一度、無職になるのはいいかも知れません。脱線してみるんですね。大学〜就職。その辺りでつまずく人はかなりいると思っています。脱線したらもう元には戻れない社会ですからね。戻れるようで戻れないんですよ。となれば、もはや荒野をバギーで飛ばすしかないのであります。何事も悪い側面ばかりではありません。脱線した人には自由が与えられます。自分のやりたい事をやるのです。サラリーマンになれば安定するかも知れませんが、自由がやって来るのは40年後です。ほんのささいな事からはじめてみてはいかがでしょうか。まず、靴下をピンクにしてみる。不精ひげをタップリ伸ばして、公園でギターを弾いてみる。女装してみる。これは何も犯罪ではありません。「好きな服着てるだけ、悪い事してないよ。」プリプリも歌ってます。そういう事から小さな気付きを得るのです。「あれ、意外と誰も見てへんやん。」「どや、俺の人生じゃ!」と魂の底から燃え上がるハングリーな自分に気付くかもしれません。総括「おもしろい文章を書こうとしている時点でおもんない。」と言えるでしょう。
posted by まさのり at 21:58| Comment(4) | 日記
この記事へのコメント
40年たっても自由なんてありませんよ(にっこり)。
Posted by 平田智章 at 2022年03月12日 09:19
平田様>やっぱり実名コメントはいいですね。名前が無いと誰に返信しているのが分かりませんので、非常にやりにくいのです。
 
40年たっても自由はないのですか?僕はてっきり退職金と年金で毎日日曜日になると思っていました。
Posted by 樋口昌紀 at 2022年03月12日 12:26
真面目にいうと、退職後は、現役よりはるかに少ない年金のやりくりと減っていく貯金を眺めて暮らすので、暇はあっても金はない暮らしになります。

寿命がわかっていれば、いつまでにいくら使えるかわかりますが、先が見えないので、お金は使えません。

つまり、ずっと働いている方が幸せです。
Posted by 平田智章 at 2022年03月13日 16:55
平田様>なるほど〜、実際に会社員になった事がないので、イメージで考えていました。ギターとか漫画とか趣味があればいいですね。
Posted by 樋口昌紀 at 2022年03月15日 10:13
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